「身体のなかで心に出会う」

クローバー・サウスウエル
(ロンドン・バイオダイナミックス心理療法スクール所長)
バイオダイナミックス心理療法は、ノルウェーの心理学者であり理学療法士でもあるゲルダ・ボイスンのライフワークである。基になっているのは、人のからだ・心・スピリットの一体性に対する深い認識であり、きわめて多岐にわたる方法を駆使して心と身体の一体性に働きかけ、統合を図る。言葉、微細、強いものを含めた動き、さまざまなレベルの手技(手当て:ハンズオン)、瞑想、センサリー・アウェアネスなどを使ってワークをする。

ゲルダ・ボイスンは、病気の原因はひとえに喜びを抑圧するところから来ると言っている。彼女は喜び、ウェルビーイング(健康、幸せ、満足)、そしてスピリチュアルなつながりは、人間のもつ自然な機能であり、生まれながらの権利であるとみなしていた。このような積極的な健康にもとるものをゲルダ・ボイスンはすべて神経症とみなし、今のわれわれの文化にほぼ普遍的に見られる現象であることを認めている。彼女は人間が生まれながらにもつ、この権利の回復に生涯をかけた。

バイオダイナミックスのセラピールームには、椅子が二脚、マッサージ・テーブル、動き回ることのできる空間、そして床には大きなマットがある。このようなセッティングの中では、セッションはいろいろな可能性を取ることができる。大きなマットの上に寝て、驚くほど効果のあるバイオダイナミックス・オルゴノミーの穏やかな動きを探ることができる。座って話すだけでもいい。あるいは手が何か小さな動きを始め、内側から刺激が出てきて、予想もしなかった衝動や、感情、記憶を認識するかもしれない。セッションが進むにつれてわかってくるのは、過去のある体験が今なお現在の人生、生活に強く影響している事実である。マッサージ・テーブルの上で施術を受け、タッチそのものは軽いのに驚くほど深い効果をあとで感じることもある。

セッションは、例えば従来心理療法とみなされていたものと、ムーブメント、マッサージ、エクササイズなどボディワークとみなされているものとの組み合わせの形をとることもある。

バイオダイナミックス心理療法の特徴は、ひとつの包括的なアプローチの中に、かくも多岐にわたる方法を含んでいることである。だから心理療法という側面と、ボディワークの側面があるという言い方では、ワークの本当の深さを捉えることはできない。

ゲルダ・ボイスンの背景

ゲルダ・ボイスンは、自分の学んだ3つの基本的な専門知識:伝統的な心理学、ライヒ派のボディサイコセラピー、手技(手当て:ハンズオン)を使ったボディワークを、徐々に、そしてラディカルに統合する中で、バイオダイナミックス心理学および療法を発達させていった。特にアデル・ハンセン(Adel Bulow-Hansen)が開発したユニークで強力な神経筋肉テクニック(neuromuscular)の影響が強く、彼のクリニックでの修行終了後、さらに2年間そこで働いている。

ゲルダ・ボイスンは1951年、ノルウェーで臨床心理士として認定されていた。さらにノルウェーにおけるライヒの盟友、オーラ・ラクニーズから教育分析を受けており、理学療法士の資格も持っていた。当時、彼女はすでに伝統的な心理力動を使う心理療法を、ノルウェーの精神病院および個人のクリニックで数十年経験しており、これらの場所ですでに自分が学んだマッサージの技法を応用して使っていた。

ゲルダ・ボイスン自身は、個人的成長という面からいえば、アデル・ハンセンの施療がほかのワークに比べ数段、変容を促す力を持ったと確信している。この種のマッサージに、すばらしい情動的効果があることを十分に説明したいという彼女の粘り強い研究は、身体と心の相互関係に対するユニークな認識を生み出すことになる。身体と心の切り離せない関係こそが、ゲルダ・ボイスンのバイオダイナミックス心理療法アプローチの基本になっている。

情動、情動の抑圧の身体的側面

われわれの情動は、すべて身体のシステムの反応を伴っている。殆どがこれに気がついてはいないが。怒り、恐怖を感じた場合には、呼吸が変化するだろうし、筋肉は緊張し、活動筋に向かって多くの血が流れ、それに伴い消化器系の動きが鈍くなる。バイオダイナミックスの理論では、これらの変化を情動サイクルの上昇面とみなす。情動サイクルとは、情動の覚醒と沈静、緊張とそれに続く解放、チャージとディスチャージの自然なプロセスをさしている。

ゲルダ・ボイスンは、人は情動のストレスから完全に回復するように作られている(設計、予定されている)ということを強調している。このストレスには心のストレスも、身体がこうむる広範なストレスも含まれる。ゲルダ・ボイスンの心理蠕動理論によれば、情動のストレスは腸壁内の体液圧を引き起こすという。情動的な状況から抜け出して、休むことができれば、腸は当然、自然にこの圧をディスチャージして、蠕動の収縮により腸壁から余分の体液を絞り出す。これによって情動の下降面が完了するが、これは最も基本的なセルフレギュレーション(自律、自己調整)である。

情動表現をしないという選択をする場合でも、自分の気持ちと折り合うことができれば、リラックスして心の中から情動を手放し、自律神経の側面で消化することができる。そうなれば覚醒パターンは、すべて身体のシステムから抜けていく。動物の場合、覚醒と外に向かう活動は、休息、回復、内的代謝活動と交代におきている。ところがわれわれの文化では活動、努力、頑張ってやるということがあまりにも強調、重視され、休息、内省、回復に割かれる時間はきわめて少ない。

自然なセルフレギュレーションは、人生の初期に脅かされる。感情を抑える、否定することを覚え、情動的状況を解決する力を失う。情動のサイクルを中断してしまう。感情を抑制するためには文字通り、からだ全体の随意系、不随意系をふくむシステムを使う必要がある。サイクルの中断が一度であれば、ここから生ずるゆがみは取るに足りない。しかし、これが日に何度も(何百回も)繰り返されれば、ゆがみは身体の鎧を作り上げる。そうなると自然な柔軟性やセルフレギュレーションの力を失い、身体と心に神経症的な構造を作り上げ、筋肉や姿勢に限らず、内臓や組織の質にも影響を与えてしまう。

ゲルダ・ボイスンは、これらの自律神経の変化が、情動の態度やウェルビーイング(健康、幸せ、満足)に多大な影響を持つことを示した。彼女の自律神経マッサージ法によって、腸の徐々に心理蠕動を再教育して、腸内のエネルギー性体液圧を低下させる。マーサージのワークをするときには、聴診器を使って腸音の微細な変化を聞き、クライアントの身体の心理的に重要な場所を探し当てる。

自律神経の障害が心理に及ぼす影響を理解し、そのワークを進めたことが、ゲルダ・ボイスンが心理療法の世界に残したラディカルな貢献である。

神経症が身体に構造化されていることから、バイオダイナミックス心理療法はクライアントの身体と心を同時に扱う。

私がはじめてFに出会ったとき、彼女の腕は身体から伸びているというよりは力なくぶら下がっているように見えた。手は冷たくて生気がなく、指はまったく力を失い、冷えは肘まで達していた。これは、身体に構造化された恐怖のパターンの一部である。他人とコンタクトを取ることが、腕の持つ原初的な機能の一つである。コンタクトを取ることが困難な場合には、腕の生理に大きな障害を生み出す。Fにはコンタクトに対する根深い恐怖があった。彼女は不安を感じると、呼吸を閉ざし、肘を体側にしっかりと押しつけて腕を胸の前で組む。おそらくこれは、子供のときにより安心を得たいという希望の中で、彼女がとっていた態度であったろうと思える。彼女の身体は恐怖と臆病に捕らえられ、それを抱えたまま大人になった。今、彼女の大人の身体のなかで筋肉と自律神経の制限が、過去および現在の外界に対する恐怖、本当の自分を示すことへの疑念を文字通り体現していた。これら身体を縛っている神経症的なパターンを緩めるワークをしながら、Fの人生に染みついた反応に直接ワークをしていった。

数ヶ月のワークを通してFの内気、臆病は薄れ、セッションの中で自由に話し始めた。但し子供時代の感情が表面に近づくと、押し黙ることが多かった。意識のレベルでは、Fはマッサージを楽しみ、私を信頼していた。だが彼女の深いところでは、身体の組織が抵抗しており、当初彼女の手を温めることができなかった。数ヶ月に及ぶ定期的なバイオダイナミックス・マッサージのおかげで、手は温かさを取り戻し、呼吸もより自由になった。身体の制限がとれて開き始めると、彼女の行動を支配していた恐怖のパターンの多くが緩んできた。触覚が敏感さを増して、肌触りの良いベルベットのスカートを買うまでになった。ほかの人ともより大胆に話ができ、外出も増え、新たな友情も芽生えた。自分との調和が増え、第一次性格(コアの性格)の一部を取り戻した。

バイオダイナミックス心理療法に訪れるクライアントのニーズや期待は多様である。すべてのクライアントが明らかに問題を抱えているわけではないし、絶望的な傷、ダメージを受けて鬱になっているわけでもない。人生が思ったように行かないなどの理由でも、セラピーを受けに来る。また腰痛、腸の機能不全、肩こり、消化不良などの症状がなかなか取れないときにもセラピーに来る。これらの症状の多くは、心身症的な側面があることが判明し、クライアント自身が安心することで症状も和らいでいくことが多い。

第一次性格(コアの性格)

バイオダイナミックス心理療法の核には、一人一人の人間が持つユニークな可能性に対する信頼がある。ゲルダ・ボイスンはこれを第一次性格(コアの性格)と呼んでいる。このダイナミックな核(Essence)には、人を自己実現、存在の全体性へと導く可能性があり、それが人間の本性にあるスピリチュアリティを包括していく。

私たちの多くは、自分の第一次自己とのつながりを失っている。このレベルでの自分を、本当には知らない。歓喜を抑え、感情を抑圧し、空想を隠し、スピリチュアルな体験を否定し、困惑する記憶を禁圧している。

このようにして徐々に第二次性格が出来上がる。この第二次性格は、人生のある側面においてはとても役立つ可能性はあるが、悲劇的にも自己の内的な命の広がりと深みを制限し、他人との関係性の宝(豊かさ)と真実性にもたがをかける。

バイオダイナミックス心理療法の中核目的は、人がこの第一次性格(コアの性格)と、もう一度つながることができる手助けをすることである。このレベルでのコンタクトが増えて、その指示に従うことができれば、それだけ人生が充実したものになるであろう。

バイオダイナミックス心理療法は、両刀遣いのプロセスである。一方では第一次性格(コアの性格)の出現は、いかに小さな兆候でもすべて歓迎し、それを信じ促進し、強化していく。その一方で第一次性格(コアの性格)の上に覆い被さっている第二次性格(鎧)の支配を和らげていく。

1)クライアントの隠れて、深くに埋められている第一次性格の可能性が出現するように働きかける。それがたとえ、長年にわたり築きあげた第二次性格に守られて、いかに深いところに隠れていようが、すべての人の中に存在しているのを知っている。バイオダイナミックス心理療法のセラピストは、クライアントの第一次性格(コアの性格)のビジョンを持ち、クライアントその人をもっと知り、もっと話を聴き、観たいと興味津々である。

2)クライアントが生来もっている可能性を損なわせている、自己懐疑、自己批判、自己制限などを溶かすワークをする。邪魔をしている二次的なエネルギーを排除し、恐怖を追い払って、一次エネルギーの通り道を浄化する。

女性原理をボディサイコセラピーに導入

ゲルダ・ボイスンのワークは、ライヒ派のアプローチと並行している部分が多いが、全体を通して女性(陰)原理に溢れ、これがライヒ派との重要な違いを生み出している。たとえば身体レベルで言えば、ゲルダは筋肉の鎧化というよりは、内部の自律神経のプロセスに関心をもち、心理的レベルでは、上に覆い被さる第二次層ではなく、下にある第一次性格に焦点を当てている。

バイオダイナミックスのセラピストは、第一次性格(コアの性格)がクライアントの中に出現し、人々が自分の内面の世界と触れ合うように、助産婦のごとく働く。バイオダイナミックスセラピーは、自分の内的存在に対する深い目覚めである。

バイオダイナミックス心理療法の治療態度は、アクティブな期待といっていい。侵入(貫通)ではなく、誘い受け入れる。チャレンジするよりは受容することが多い。通常、セッションではあまり言葉を話さない。直接的な質問、提案、あるいは解釈を避ける。セラピストは単に、クライアントの中から自発的に言葉が出て、今ここでの体験を探り、自分の真実に至る道を見つけるように働きかけるだけで、そこには成長とヒーリングの自然発生的なセラピー・プロセスに対する信頼がある。

ここでは、あらかじめ計画されたセラピー・プログラムに沿ってワークを進めるのではなく、クライアント、セラピストの双方にとって、創造的な未知、予期せぬものに対して開き、驚きを歓迎することがプロセスとなる。というのも無意識は、身体を通して、心のイメージを通して表現されるからである。セッションの進行にあわせて出てくる呼吸、顔色、姿勢、声の調子などの微細な変化のすべてに、活き活きと対応できるようにしている。これは、身体に直接触っている時もそうでない時も同様である。これらの微細な変化は、クライアントの情動エネルギーの動きである。そのすべてが心理療法的プロセスの中で意味を持っている。

クライアントは、マットの上に寝ていようが、部屋を歩いていようが、マッサージを受けていようが、座って話していようがこれらの形態にかかわらず、セッションの中でクライアントの記憶が蘇り、それを追体験し、困難な情動体験を通して新しい道を見つけていく。これは、アクティブな探索の意識的プロセスである。時にはクライアントFのワークのように、セラピーの多くの部分が意識的自覚レベルの下で動くこともある。バイオダイナミックス・マッサージのさまざまな形は、クライアントの第一次性格(コアの性格)を強化するものであれ、第二次性格を溶かすものであれ、それぞれが特定の心理療法の旅に貢献する。ゆがんで停滞していた行動パターンが消えて、存在の安心感が新たに生まれるのである。

セラピーの中で用いる多様な方法は、バイオダイナミックス心理療法が一人一人の人間を包括する広さを反映したものである。スピリチュアルなものに加え、動物的で原初的な側面もまた評価され、ワークされる。

バイオダイナミックス心理療法がワークする境界地では、肉体と心理、随意と付随意、意識と無意識、現実と先見が出会い、融合する。

どのような方法を用いようとも、意図するところ、そして効果はホリスティックなものである。クライアントは、その存在のすべてのレベルで反応する。セラピストが、これらすべての側面に対する理解を深める度合いに応じて、ワークはパワフルになる。

ゲルダ・ボイスンについて

ゲルダ・ボイスンのワークには、彼女の性格が反映されている。生気に溢れ、生命を尊重し、深い知性を持ち、探索と驚きへの意欲に満ち、硬直した構造ではなくその瞬間に反応し、生命のエッセンスへの到達から発生する単純さを併せ持っていた。彼女は、深い英知に加え、私自身が体験したことであるが、相手の真実の内的本性にまで触れ、それが開花する手助けをするユニークな力を持っていた。緊張病のクライアントが話し、明らかにかわいげのない、愛嬌のない人が積極的な美しさを見せていく。

ゲルダと一緒にいると、自分自身の中でハートが軽くなり、リフレッシュされ、インスピレーションを得て、刺激に満ちて楽しいものが出てくるのが分かった。彼女はきわめて繊細に、生命と意味の多様なレベルを区別している。真剣に受け止めることと軽く流すことの区別である。ゲルダは心理療法士になっていなければ、キャバレーの歌手になりたかったそうである。

ゲルダの弟子一号は二人の娘と息子である。1968年ロンドンに引越してからは、バイオダイナミックス心理療法をより広く教え始め、オーストラリアや南米からも生徒が来ていた。1975年、ロンドンのアクトン・パークにゲルダ・ボイスン・センターを設立し、以後20年にわたり、ここが彼女のワークの母体になった。1970年代の後半には、ゲルダのワークはオランダ、フランス、ドイツ、スイスに広まり、これらの場所でゲルダと家族はトレーニング・グループを増やしていった。今ではバイオダイナミックス心理療法は、ベネズエラ、ブラジル、オーストラリア、アメリカの西海岸で教えられている。

2000年、ゲルダの要請で、独立した非営利団体、ロンドン・バイオダイナミックス心理療法スクールが設立されて、5年間のディプロマ・レベルのトレーニング・コースを責任を以って教えている。今年79歳のゲルダは、これまでと変わらずにセラピー、教育、著述に広範に活躍しており、新たな理論と方法の開拓に挑んでいる。

著者:クローバー・サウスウエルについて

ロンドンに拠点をもち、バイオダイナミックス心理療法のセラピスト、トレーナーとして25年にわたり活躍している。ゲルダ・ボイスンセンターには設立当初よりかかわり、ロンドン・バイオダイナミックス心理療法スクールでの設立メンバーの一人である。年に6週間は、南カルフォルニアでワークをして、ヨーロッパの各地で広く活動している。著書『魂と肉体』では、バイオダイナミックス心理療法の深さ、一貫性、単純性が明示されている。今はロンドン・バイオダイナミックス心理療法スクールの所長を務めている。

   (文責:国永史子)